[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
当サークル一冊目のやぎかな本であり、八木沢さん大学生シリーズ一作目。本家携帯サイトに掲載した「誰よりも、あなたのそばで」を再構成したものと、書き下ろし小説「最高の恋人、意地悪な彼」の二本を収録。書き下ろしは「誰よりも~」の続きにあたり、八木沢さんのためにかなでちゃんが頑張って背伸びするお話です。糖度高め。温いですが、気持ちR-15。
「誰よりも、あなたのそばで」
A5/オフセット表紙フルカラー/52P/R15/
発行日:2010年10月3日
表紙:吉野さくや様
■サンプル?■
その日の昼休みは、ニアと一緒に森の広場でお弁当を食べる約束をしていた。今朝、寮のキッチンで作っていた弁当のメニューに目を輝かせたニアが、かなでに「私の分も一緒に頼む」と言っていたのだ。
「さすが小日向。この卵焼きは何度か食べたが、今日は一段とうまい。また腕を上げたな」
「ふふ、ありがとう。いっぱい作ったから、どんどん食べてね」
じゃあ遠慮なく、とニアは箸を進めていく。こうして誰かが自分の料理を美味しく食べてくれるのが、かなでは嬉しかった。
「そういえば、君にずっと聞こうと思っていたことがあるんだが。寮の門限ギリギリに帰ってくるときは、大体八木沢と会っているんだろう?」
「え…?う、うん。そうだけど……。それが、どうしたの?」
突然のニアの振りに動揺して、かなでは箸で掴んだ卵焼きを落としそうになる。
「ということは、土日に加えて平日火曜と金曜に頻繁に会っていることになるな」
「………ニア、よく覚えているんだね。その日が八木沢さんの大学の講義が早く終わる日だから、部活や練習がなければ八木沢さんのお家に行っているの」
因みに、彼と二人きりのときは雪広さん、と名前で呼ぶようにしていたが、それ以外の時は苗字で彼を呼んでいるかなでだった。
「流石に平日は、そんなに長い時間一緒にいるわけではないだろう?」
「うん。待ち合わせは早くても五時くらいだし、八木沢さんは『門限までには帰らなければいけません』って言って、早めにさよならするから……」
菩提樹寮の門限は午後九時……と一応定められてはいるが、正面玄関は施錠されても裏の通用口から入ることが出来るし、最悪消灯前の点呼までに帰っていればいい。だから、皆門限というものをそこまで気にしてはいなかった。
―――そういえば、去年も至誠館のメンバーは九時には全員揃っていたが、それは恋人に対しても同じなのか……。色んな意味で八木沢らしいと言えば八木沢らしい……。
「どうしたの、ニア?」
「君たちは半年間の遠距離恋愛を終えたラブラブカップルだというのに、いつまでも初々しいままだと思ったんだ」
「え、え?どういうこと?」
「気にするな。それより、八木沢とは会えているようで意外に会えていないものだな」
「うーん……でも、仙台にいるよりずっと近いし、ほんの少し顔を見られるだけでもすごく嬉しいよ」
我が儘を言ったらキリがない。とりあえず、会いたいと思ったら会える距離に八木沢がいることが、かなでは何より嬉しかった。
ニアはそんな自分の顔を穴が開くくらいマジマジと眺めた後……ニヤッとミステリアスな笑みを浮かべた。何かを思いついたときの彼女の表情だ。
「小日向。今日の放課後は暇か?」
「えーと、個人練習以外には特に用事はないよ」
コンクールが開催される夏休みがまだまだ先の今は、個人練習や担当楽器ごとのパート練習の日が多かった。ニアはそれならば……と、口を開く。
「よし、授業が終わり次第着替えて寮の玄関集合。八木沢の大学訪問だ」
え……?
かなでの思考が一旦停止する。
「えええー?ど、どうして?」
突然の提案に驚いたかなで声が、森の広場中にこだました。
「奴の大学はこの辺りでは一番偏差値の高い国立大学だろう?受験生の私達が下見くらいしたって誰も文句は言わないぞ」
「で、でも……勝手に大学に入っちゃっていいのかな…?」
「基本的に大学構内は出入り自由だ。念のため私服に着替えれば何の問題もない」
その説明になるほど……と頷くが、やはり真意が分からず、今度はかなでがニアの瞳をジッと見つめた。
しかしながら、彼女がくすりと微笑んだ後に発した一言で、かなではこれ以上ないくらい赤面してしまうのだった。
「君がそんな悲しそうな表情をするからだ。顔に書いてあるぞ。『もっと雪広さんに会いたい』ってな」
■サンプル?■
見慣れた景色なのにいつもと違って見えるのは、人混みやヒールの高さのせいだけじゃないはず。やっぱり隣に最愛の恋人がいてくれるからだろう。
四月から遠距離恋愛を終えたかなでと八木沢だが、意外にも一日一緒に過ごす日というのは少なかった。かなでは部活とヴァイオリンの個人練習があったし、八木沢は大学の講義に吹奏楽サークルと、土日でも何かしら用事が入ることが多かったのだ。
だから、これから一日一緒に過ごせることを考えただけで、かなでの胸は高鳴った。
十分ほど電車に乗った先にある大通りのオープンカフェにやってきた二人は、テラスでランチメニューのホットサンドとサラダのセットを頬張っていた。
「うん、このナポリタンのサンド美味しい!雪広さんは何を注文したんですっけ?」
「僕はチーズとチキンのサンドです。これもなかなかですよ。よければお一ついかがですか?」
「あ、じゃあ交換しましょうか」
かなでは皿から一切れのサンドを手に取り、八木沢のそれに移す。八木沢からは、チーズとチキン、たくさんのレタスを挟んだサンドを手渡しで受け取った。
そんな何でもないやり取りが嬉しくて、先ほどから顔の表情が緩みっぱなしだ。
「雪広さん、何だか去年の夏休みを思い出しませんか?」
「ふふ、ちょうど僕も同じことを思っていました。あの時はザッハトルテとメランジェをいただきましたが……実はランチメニューも気になっていたんですよ」
そう、ここは去年のコンクール期間中、八木沢と二人で横浜観光をしたときに訪れたオープンカフェだった。観光途中の山下公園で報道部の親友にその様子を撮られ、恥ずかしい思いをしたが……今にして思えば笑い話だ。
「実は去年、もう一度あなたを誘って行きたいと思っていたんですが……コンクールで忙しいのに申し訳ないかなと思って遠慮していました。……だから、こうしてまたあなたとここに来ることが出来て嬉しい」
頬をうっすら赤く染めながら、八木沢ははにかむ。それは……かなでの一番好きな彼の表情だ。
そして、ストレートな彼の言葉は、いつだってかなでの心臓を高鳴らせる。
「そ、そうだったんですか!さ、誘ってくれて良かったのに……雪広さんからのお誘いだったら、私喜んで行っていました!」
「え……?」
「……あ……」
勢いに任せてとても恥ずかしいことを言った気がする……顔がプシューッと蒸気を上げているのが分かり、思わず俯いてしまった。
「………まったく、あなたという人は……」
髪の毛をくしゃりとしながら、彼も照れ笑いを浮かべている。
「………去年の僕は勿体ないことをしてしまいましたね」
照れながらもかなでを真っ直ぐ見つめる八木沢に、完全に白旗を上げた。その表情は、本当にずるい。
………………………………
書下ろしの「最高の恋人、意地悪な彼」より
この記事へのコメント