CANDY POPオフライン情報ブログ

当サークル三冊目の本。コンクール期間中、八木沢→かなでに千秋が絡んでいく話です。友情の範囲で書いておりますが、千秋が八木沢さんのことを大好きなので、BL要素が苦手な方はお気をつけください。





「Triangle in Summer」
完売しました
発行日：2010年10月3日

千秋は、八木沢雪広のことを「ユキ」と呼んでいる。
母親同士が大学の同期で仲が良く、彼が母親に連れられて度々神戸に遊びに来たことで、幼い頃から交友を深めた。
「ユキ」はその頃からの愛称で、彼をそう呼べるのは幼なじみの自分だけの特権だと千秋は密かに思っている。
「ユキ、やけに勢いよく水を撒いているんだな。それに、水は木の根元にかけないと意味がないんじゃないのか？」
　雪広は、一般的に植物に水を遣る場所だと思われている根元ではなく、その上部――葉に向かって、勢いよく水をかけている。大量の水を出した上でホースの先を指で強く押さえているのだから、水圧はかなりのものだった。もちろんこれには意図があるのだろうが、生まれてこの方自らの手で植物に水をかけたことのない千秋には見当もつかなかった。
「これは葉水っていうんだよ。ホースから勢いよく水を出して、葉についた埃や汚れをとっているんだ」
　夏の庭木のお手入れには欠かせないんだと補足すると、千秋は軽く相槌を打つ。
　それにしても、この幼なじみは寮の中ではいつ見ても働いている。至誠館の後輩連中よりも、だ。少しくらい分担したらいいのにと常日頃から思ってはいたが、雪広は「分担していることは分担している」と言っていた。
『庭の草取りや食後の皿洗いとかは部員全員でやっているし、寮の掃除なんかは火積が皆を動かしてやってくれているんだよ。ただ、毎日の庭木の手入れとなるとある程度の知識もいるし、朝早く起きることも必要になるだろう？そこまで任せるのは酷だからね。それにこれは、お世話になっている寮に何か出来ることはないかなって思った僕が、好きでやっていることだから』
　数日前に聞いた雪広の言い分だ。
義理堅く、植物が好きな幼なじみが言うそれは、間違いなく本心だ。寮のキッチンで毎日勤しんでいる和菓子作りと同じくらい、楽しんでやっていることなのだろう。
――まぁ、本人が好き好んでやっていることなら、無理にやめさせることはないけどな。
そんなことを思ったちょうどその時、先程自分が通ったばかりの、ラウンジへつながる窓がガラガラと開いた。
「八木沢さーん、おはようございます！今日は東金さんもいらっしゃるんですね」
　こんなにフワフワと呑気な声を出す女といえば。
千秋が振り返ると、ひょっこりとこちらを覗く少女の姿があり、ふっと笑いが零れた。
「よぉ小日向。お前も早いんだな」
　声の主は星奏学院二年のヴァイオリニスト・小日向かなで。
　出会ったばかりの頃は何て地味な奴だと思った。しかし、先日行われた全国コンクールセミファイナルで、かなでを1stヴァイオリンに据えた星奏アンサンブルが神南アンサンブルに競り勝ったのをきっかけに認識を改めさせられた。
そう、すっかり千秋はかなでの存在に一目置くようになっていたのだ。
普段は危なっかしいのほほんとした奴だという印象は、セミファイナルの前後で全く変わってないのだが。
それにしても、「今日は」東金さんもいると言ったかなでのセリフから推測するに、本当にいつもこの時間に雪広とかなでは起きているのかと感心した次の瞬間――…千秋は声を失うことになる。
　
その幼なじみが、見たことのないような、トロンと甘い表情を浮かべていたから。




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「Triangle in Summer」より