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当サークル二冊目のやぎかな本で書き下ろし短編集。「向日葵の咲く庭」「空に花火」「花文-はなふみ-」の、花をテーマにした短編三本を収録。それぞれコンクール期間中、八木沢さんが仙台へ帰る直前、夏休み後のお話です。
「空に花火」
A5/オフセット表紙フルカラー/28P/350円→100円
発行日:2010年10月3日
表紙:吉野さくやさま
「空に花火」
A5/オフセット表紙フルカラー/28P/350円→100円
発行日:2010年10月3日
表紙:吉野さくやさま
夕方独特の空気が菩提樹寮の庭全体を包む。ひぐらしの鳴き声も響き始めたその空間にいるのは、かなでと、八木沢だけ。
こんな日が、いつまでも続けばいいのに。
そう願わずにはいられないくらいの、穏やかな時間だった。
「ああそうだ、小日向さん。あそこの雑草はかなり早く伸びますから、こまめに抜いてくださいね」
「雑草?」
彼が指差す庭の片隅は、確かにかなでが寮にやってきたばかりの時に雑草が青々と茂っていた場所だった。今は八木沢が処理をしてくれたおかげで、ちゃんと地面の色が見えている。
「すみません。私たちの寮なのに気にしていただいて……。律くんに相談して、庭のお手入れ当番でも作ろうかな」
「ははは、それもいいかもしれませんね。僕がいなくなったら、皆さんお忙しくて手が回らないでしょうから」
――八木沢さんが、いなくなったら……?
彼の発言に、かなでの体は固まってしまった。
もうすぐ、コンクールのファイナルだ。
その終わりは、夏休みの、夏の終わりを意味する。
その時、彼は……?
あまりにも幸せな時間に、現実を忘れていた。
ううん、敢えて忘れようとしていた。
夏の終わりと共に、彼は仙台へ帰っていく。
彼のいる日常が、終わりを告げる。
声も聞こえなくなる、微笑みも見られなくなる。
そんな当たり前のことを想像しただけなのに……
ズキズキと胸が痛い。
―――嫌だ。
今すぐ、時間が止まればいい。
………夏が、終わらなければいい……。
気づいた時には、瞳から大きな雫がポタリと落ちていた。
「………小日向さん?」
「あれ、ご、ごめんなさい。やだ……なんで…」
一度流れた涙は止まらなくて、自分の意志とは関係なく次から次へと溢れ出る。
八木沢は何にも言わず、持っていたきれいなハンカチをかなでに差し出した。
「小日向さん……僕との別れを、悲しんでくださっているんですか?」
かなでは受け取ったハンカチと手の中にあるゼリーの器を握りしめながら、コクンと頷く。
「ありがとうございます。あなたがそう思ってくださるだけで、とても嬉しい。僕だって―――……」
八木沢は何かを言おうとして言葉を噤んだ。
そして、二人の間に流れる沈黙。
聞こえてくるのは、かなでの嗚咽と庭のひぐらしの声だけだ。
「小日向さん」
静寂を破るように、八木沢がかなでに優しく呼びかける。
涙で濡れた頬をハンカチで拭って顔を上げれば、そこには彼の紫色の澄んだ瞳が目の前にあった。
「―――今から、海を見に行きませんか」
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短編「空に花火」より
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